論語に学ぶ人事の心得第49回 「歴史は実録など客観的で確実な証拠が伝承されていて初めて史実となる」

子張(しちょう)像 出典:Bing

 本項は為政編2-23子張(しちょう)との対話で孔子が歴史観を語っていることの延長線上にあります。そこで孔子は何を語っていたのでしょうか?子張(しちょう)は孔子に対して「十代先の王朝を予知することが可能でしょうか」と質問しました。すると孔子は次のように答えます。
 「殷(いん)王朝は夏(か)王朝の礼法制度を受け継いでいるから察知できるはずだ。
 ゆえに、例え百代先でもその王朝を察知できるはずだ」(詳細は為政編2-23参照)と述べているのです。
 本項ではこの回答を覆されたわけではないのですが、証拠が十分残されていないので自説を実証することができないことを憂いています。
 因みに夏(か)王朝は中国で最古の王朝です。殷(いん)王朝は実在が確認できる最後の王朝です。その両方とも末裔国に礼法が伝承されていないために、孔子自身は実証できてもほかの人ができるだろうかとその客観性に疑問を呈しています。


 八佾篇第3―9「子曰(いわ)く、夏(か)の礼(れい)は吾(わ)れ能(よく)く之(これ)を言えども、杞(き)は徵(しるし)とするに足らざる也(なり)。殷(いん)の礼(れい)は吾(わ)れ能(よ)く之(これ)を言えども、宋(そう)は徵(しるし)とするに足らざる也(なり)。文獻(ぶんけん)足(たら)ざるが故(ゆえ)也(なり)。足らば則(すなわ)ち吾(わ)れ之(これ)を徵(しるし)とせん」
 師は言われた。「夏(か)の禮(れい)は吾(わ)れ能(よく)く之(これ)を言えども」とは「夏(か)王朝の礼法制度を私は説明できるけれど。「杞(き)は徵(しるし)とするに足らざる也(なり)」とは夏王朝の末裔の国である杞(き)国にはそれを実証するものが不足している。「殷(いん)の礼(れい)は吾(わ)れ能(よ)く之(これ)を言えども」とは殷(いん)王朝の礼法制度を私は説明できるけれども
 「宋(そう)は徵(しるし)とするに足らざる也(なり)」とは殷(いん)王朝の子孫が住んでいる宋(そう)国にはそれを実証する記録や賢者が足りない。「足らば則(すなわ)ち吾(わ)れ之(これ)を徵(しるし)とせん」とはそれらが十分に存在していたら私は私の説を説明できるのだが。

 論語の教え49: 「伝統とは単に長く継続された結果でなく、ある意図のもとに作り上げられた創造物である」

◆リーダーは良き企業文化の伝道者たれ


孔子廟 出典:Bing


 ミレニアムレベルの文化には、必ず、その支柱となる伝承ツールが存在します。例えば、宗教でいえばキリスト教には聖書があり、イスラム教にはコーランがあります。仏教には経典があります。おそらくどの宗教でも伝承されている教義があると思われます。孔子の開いた儒教にも教義がありますし、論語のように後年弟子によって編纂された論語もります。物理的な伝承物としてはキリスト教には教会があり、イスラム教にはモスクがあり、仏教にはお寺があります。また、それぞれの宗教には聖職者もいます。要するに自然と続いてきたのではなく、伝道者の命を懸けた努力により松明の火が受け継がれてきたのです。
 企業はゴーイングコンサーンだと言われます。要するに企業は一時的存在ではなく、長く継続することを前提に設立されるということです。従って、企業の状況を記録したものが、長期的に保存されることになります。しかしながら、企業を継続させることは並大抵の努力では実現できません。これまでにも、多くの企業が雨後の筍のごとく設立されていますが、時の経過とともに消えていきます。天才的発明家が創業した企業でも継続することは至難なことです。とりわけ、事業の後継時に曲がり角が来ていることは歴史が示す通りです。もちろん、事業がうまく継承されていく企業も多くあります。継承されない企業と継承される企業にはどんな違いがあるのでしょうか。
 私は継続する企業には組織の隅々にまで浸透した企業文化が継承されているからだと思います。企業文化というと空気のような存在ですからよくわからないと思われるかもしれません。しかし、前段で述べました通り企業文化の伝承ツールを整えてあらゆる機会を利用して浸透させてゆきます。その最前線で率先実行するのがリーダーの使命になります。

◆伝統を継承するには「変えていいこと」と「変えてはならないこと」を区別せよ
 ご承知の通り「企業は変化即応業である」と言われます。この意味するところは企業のあらゆるものは環境の変化により陳腐化するので変化を嗅ぎ分け環境適応させなければならないということです。「成功は失敗の母」ともいわれます。これは成功したという同じ理由で失敗するという教訓です。
 企業には、毎日、陳腐化の波が押し寄せています。とりわけ、顧客価値を生み出す基幹プロセスの陳腐化を発見し未然に防止することは企業存続の生命線です。
 ここで、大切なことは「不易と流行」ということばで示されていますように、環境がどんなに変化しても「変えてはならないもの」と「変化に合わせて変えてゆかなければならないものが存在すということ」です。企業のリーダーは日々陳腐化する経営資源を注意深く観察し、自社の何をグレードアップすべきかを決断することが最重要な任務であることを改めて自覚することが大切だと思います。
(了)


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