論語に学ぶ人事の心得第24回 「孔子、孝を問われて四通りの孝行を語る―共通することは?」

子夏像 国立故宮博物館蔵

 論語では「孝」について孔子との対話が四回取り上げられています。今回はその最終項です。
 子夏は学而編1-7に初めて登場する孔門十哲の一人で、孔子より44歳若い優秀な弟子の一人でした。  子夏は字(あざな)です。姓は卜(ぼく)、名は商(しょう)と言いました。師をうならせるほどの文才の持ち主だったと伝えられています。それにしても孔子との年齢は40歳以上も開いており、前回の子游と同じように孫のような存在の弟子でした。
 孔子は子夏に対しても三者三様の教えに従い子游とは異なった回答をしています。

 為政2-8「子夏、孝を問ふ。子曰(いわ)く、色(いろ)難(かた)し。事(こと)有れば弟子(ていし)其の勞(ろう)に服し、酒食(しゅし)有れば先生饌(そな)ふ。是(これ)を增(かさぬ)るも以て孝と爲(な)らん乎」

 「子夏(しか)、孝を問ふとは子夏(しか)が先生に孝について質問した。先生はこのように言われた。「色(いろ)難(かた)し」とは親への敬愛の表情を表すのが最も難しい。「事(こと)有れば弟子(ていし)其の勞(ろう)に服し」とは行事があれば若いものが労力を出して働くこと。「酒食(しゅし)有れば先生饌(そな)ふ」とは酒や料理を先輩に進めること。「是(これ)を增(かさぬ)るも以て孝と爲(な)らん乎」とはそんなことをするだけで孝行と言えるかどうか」

 論語の教え25:『孔子の教えに共通する「孝」の形而上的意味合いをしっかり理解すること』


孔子廟 出典:Bing


 孝の現象的行為は100人いれば100通りある
 それぞれの家には長年培われた家風があります。先祖から引き継がれたその家のしきたりです。おおよそ、その家風は家長の生きざまを反映したものですが、地域社会の風俗や習慣など地域文化から影響を受けたものです。さらに、世代ごとに獲得した社会的地位や名誉、それに経済力が加わると社会には無数に近い生活様式が存在することになります。そのような生活様式に基づき親孝行の形が様々に形成されてきます。
社会的に成功した人は親孝行と称して先祖を祭る大きな墓石を建立します。また、大きく豪華な邸宅を建てたり、贅を尽くした生活をします。
 また反対に、普通の多くの人々はつつましやかに生きています。
 事程左様に現象面では、百様の生活があれば百様の親孝行の形があります。また、時代が変わればその現象的孝行のスタイルも変わります。
 しかし、どんなに時代が変化しても唯一不変の人間にしかできない孝行があると孔子が説いています。
「それは先祖や親を敬うことだ」
 これが孔子の説く「孝」の形而上的(形に現れない)意味合いです。敬いのない物質的な豊かさで親を扶養することは単なる見栄であり、浪費にしかすぎません。

 孝は強要されるものでなく、子孫が主体的に行う行為である
 ご承知のように親孝行にはされる側とする側があります。
 孔子の考えが卓越しているのは、子に対して一方的に親孝行を強いてはならないと教えていることです。親も生前には子や子孫から敬われる徳を積まなければならないというのです。
例えば、尊敬に値しない親がいたとします。親が老いて子供に親孝行を理不尽に要求したとしても子供から生んでくれと頼んだ覚えはないと反発されるだけです。現代社会では時々こんな話を聞くことがありますし親子の間で刑事事件を引き起こすような不幸な事件もあります。
 これらは「親孝行は子供の義務だ」と誤解している不遜な親が引き起こしていることが多いように思われます。
 ビジネス社会にも同様な現象があります。上司が部下に自分への尊敬を要求したとしたらどうなるでしょうか。その瞬間、上司と部下の信頼関係は修復不可能な絶縁状態になります。部下から尊敬される日々の上司の行為が長い間に蓄積されて信頼関係が構築されるのです。
 孔子の言う孝の形而上の意味合いは「親や上司への究極の孝行は子や部下から敬われることである。
 而もその行為は子や部下に強いるものではない」
 というのが孔子の教えです.(了)


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