論語に学ぶ人事の心得第19回 「リーダーはどうすれば人々を正しい方向に導くことができるのか?」

 孔子の生きた「春秋」という時代は人間が虫けら同然に扱われていた時代です。群雄が割拠し、覇権を握るための殺戮(さつりく)がいたるところで繰り返されていました。尊い命ですら大切にされることは微塵(みじん)もありませんでした。


春秋時代の中国 出典:Bing

 本項の「政(まつりごと)は徳を以てする」はこのような乱世を生きた孔子の揺るぎない信念であり、社会の目指すべき理想を描いてその実現に向けて行動し続けた生涯でした。その偉大さに只管(ひたすら)首を肯(がえん)じざるを得ません。
 本編冒頭にあります為政2-1でも、為政者の徳による統治の大切さを説いています。人々を威圧的に治めれば、必ず抜け道を考え出し、それをさらに厳しくすればするほど人は必ず抜け道を考え出します。 
 そして、人々は悪びれることなく犯罪を繰り返すことになります。解決しても問題が次々と派生するまるでもぐらたたきのような様相を呈するようになります。やがては隆盛を誇った社会も衰退してしまいます。
 二千数百年も前から現代まで人類が繰り返し続けてきた過ちを、今日(こんにち)も依然として犯し続けているのです。この愚かな人類の行く末を見透かして警鐘を鳴らしていた孔子の人間の本性を見抜く慧眼に唯々(ただただ)驚嘆せざるを得ません。

 為政2-3「子曰く、之を道(みちび)くに政(まつりごと)を以ってし、之を齊(ととの)ふるに刑を以(もち)ゐば、民免(まぬか)れ而(て)恥(はじ)無し。之を道(みちび)くに德を以(もち)ゐ、之を齊(ととの)ふるに禮を以(もち)ゐば、恥(はじ)有りて且つ格(ただ)し。」

 先生は言われた。「之を道(みちび)くに政(まつりごと)を以ってし、之を齊(ととの)ふるに刑を以(もち)ゐば、民免(まぬか)れ而(て)恥(はじ)無し」とは人々をみちびくにあたっては法令や規則によって取り締まったならば、人々は刑罰から逃れることばかりを考え犯した罪を恥じることがなくなる。
 「之を道(みちび)くに德を以(もち)ゐ、之を齊(ととの)ふるに禮を以(もち)ゐば、恥(はじ)有りて且つ格(ただ)し」とは人々を導くには徳をもって行い、礼をもって接すれば人々は罪を犯したことの恥を知り正しい道理にかなった行動をするようになる。

 論語の教え19:「人々や社員を導くことは法制度や就業規則で厳しく締め付けることではない。正しく導く唯一の方策は自らの徳を積むことの大切さを人々に気づかせることだ」
 
 教え1.「まず、上に立つ人が徳を身に着けよ。しかる後に徳を全体に普及させよ」
 孔子は、常に弟子を含む社会のリーダーに徳を積み重ねることの大切さを説いてきました。為政者など指導者はまず民を治める前に自己を磨きなさいと教えているのです。それが前項でもありましたように徳を積んでいるリーダーには人々は黙って従うのです。
 社会の最小単位は家族です。いくつかの家族が集まって共同体社会(血族・地縁社会)が形成されます。一方、共同体社会が進展しますと目的や目標を共有した利益社会(組織的社会)が形成されます。  
 共同体社会にも利益社会にも必ずリーダーが存在します。また、基本的な価値観を共有しています。本項で、孔子は初めてリーダーの徳に加えて、人々が徳を積むことによって社会全体の健全な発展が可能になることに言及しました。法律や規則で厳しい罰則規定を設けて、人々を締め付けても人々は必ず抜け道を考え出し、罰則逃れをするだけで何ら本質的な解決にならないとの指摘です。現代社会においても企業内の就業規則違反や犯罪行為に対して罰則を厳しくして社員を取り締まろうとするのですが、社員は反発こそすれ、順守するのではなく、就業規則違反が少なくなったり、無くなったという話は聞いたことがありません。問題解決の処方箋が間違っていたのです
 ことほど左様に、人々を指導する方策のあり方で社会全体を正しい方向にリードできるかどうかが決まります。それでは的確な方策が選択されるにはどうあるべきでしょうか。

 教え2.徳は人々に押し付けて習得させるものではない。本人に気付かせることによって体得させよ。
 リーダーが人々を正しい方向に導く有効な基本的方策は二つ考えられます。


孔子廟 出典:ウイキペディア

 第一は。組織の統治者であるリーダーは価値観を明示することです。これは、リーダーのみに与えられた権能です。価値観とはその組織の構成員が最も大切にすべき判断基準のことです。
 孔子は価値観を共有するために儒教という思想体系を構築し社会に浸透させました。そして五常(仁、義、礼、智、信)という徳性を拡充することにより五倫(父子、君臣、夫婦、長幼、朋友)関係を維持することを教えました。
 これらの一連の流れは、現代の企業社会においては経営幹部が経営理念、経営方針、経営戦略を確立することとその実践にあたります。それは、企業の存在意義とステークホルダーである顧客、社員、品質、納期に対する姿勢、経営の方向性をあきらかにすることです。
 第二は、執行に当たっては責任を明確化するとともに、可能な限り権限委譲することです。
 どのような社会や組織においてもリーダーは価値観を策定し制定することはできますが価値観を組織に浸透させ、価値を実現することには無力です。そこは人々や社員を信頼し権限を委譲して実行する以外に方法はありません。権限の委譲に関しては組織の進化と関連しますが別項に譲ります。
 権限移譲されれば人々に自己責任意識が芽生えます。自責の念で仕事を分担すればおのずと自立、自律の意識が醸成されます。リーダーから一々細かな指示命令を受けなくてもやるべきことが浮かんできます。自ら考え実行することにより、過ちもありますがその過程で多くの気づきを得ることができます。その気づきこそ組織と個人の成長エンジンとなります。
(了)


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