「失敗には寛容に、不正には厳しく」

「失敗は成功の母、成功は失敗の母」 
 失敗は成功の母という格言は以前からよく語られるので誰でも知っていると思います。逆説的ですが成功は失敗の母という言葉も成り立ちます。成功することは誰もの願いであり成功した時の達成感は味わったものしかわからないと思います。しかしながら成功の裏に潜んでいる高揚感や楽観論、自信過剰等が失敗への道に誘う(いざなう)元凶になっていることも事実です。単にビジネスの世界のみならず人間社会のあらゆるところに古今東西を問わず潜んでいましたし今後も起こりうることでしょう。私は後者の方を自分への戒めとして常に心に受け止めています。

失敗のいろいろ
 古来から失敗に関する格言やことわざが私たちの生活の中に溶け込んでいます。
 「弘法も筆の誤り」とはその道に長じた人でも時には失敗することがあるという意味です。ちなみに弘法とは高野山を開いた空海のことです。平安時代に三筆の一人と言われた弘法ですがやはり誤った字を書いてしまったそうです。「猿も木から落ちる」「上手の手から水が漏れる」も同じ意味です。「河童の川流れ」名人や達人であっても油断すると簡単に失敗するというたとえです。
 「竜馬の躓き」とはずば抜けてすぐれた馬でも躓くことはあることから、どんなにすぐれた人でも時には失敗することがあるという意味です。

仕事には失敗がつきもの
 仕事で100%成功することは不可能です。
 広く経営や労務管理は最初から正解があるわけではありません。
 トライ&エラーを繰り返しながら最適解を導き出すのです。たとえ、他社で成功した事例があったとしても、それが即我が社で成功するという保証はありません。私たちのビジネスの世界は試行錯誤を繰り返しながら成功パターンを導き出してゆくという経験法則がモノを言う社会です。したがって、組織として失敗を受容することが必要なのです。

「失敗には寛容に」の意味
 さて、今回のテーマである「失敗には寛容に」に入りたいと思います。前回は組織風土を取り上げました。組織風土はその組織に所属する人々の考え方や行動を拘束することを述べました。人事労務管理のポイントは企業の発展力を確保することです。 発展力は挑戦によって生まれるといっても言い過ぎではありません。積極的に挑戦し精魂を込めて達成のための努力をした人に結果だけを見て厳しく処分をすれば本人だけでなく周りの人もどう思うでしょうか。積極的に挑戦する組織風土が形成されるでしょうか。おそらくそこには組織全体に萎縮現象が発生するでしょう。何もしないでおくことが身の安全になるといった消極的な考えが組織全体に広がったとしたら企業の将来は無いといっても言い過ぎではありません。
 私はこれまでに多くの経営者と交流をしてきましたがほとんどの経営者は失敗をしています。失敗しても事業を発展させた経営者と企業を没落させた経営者との分かれ目はどこにあるのでしょうか。成否の分かれ目の第一は失敗の質が違ということです。成功した経営者は多くの失敗をしているが企業にとって致命的な失敗をしていないことです。第二は失敗から学ぶ自責の精神があるかどうかです。事業を没落させた経営者は失敗の責任を他責にします。景気が悪かった、天候がよくなかった、お客さんの支持がなかったなどです。他責の持ち主は学習の能力が無いので失敗を生かすことができません。
 私は会社の将来を担う経営幹部候補には失敗を経験させて教訓を得ることが最良のOJT教育であり人材育成策であることを信じて疑いません。

不正には厳しくの意味
 不正に対してみて見ぬふりをしたり、甘く処置をしたりしたらどうなるでしょうか。私たちはこれまでに不正に厳しくしなかったために多大な代償を払ってきました。不正をする人は最初に小さな不正を胸をドキドキさせながら行うのですが次第に大胆になって大きな不正を引き起こします。小さな不正で発覚して甘い処置で済ませると必ず再発します。
 不正はこの小さな段階で厳正な処置をしないと不正を育てることになります。だから小さな段階で根を断ち切ることが大切なのです。
 また、組織には不正の温床があります。優越的立場の職務、牽制制度が働かない職務、気密性の高い職務などです。これらの部署には普段から光明を充てることが大切で不正の芽を摘むことになります。

私たちが目指す人事労務管理
 私たちが目指すのは不正などの事件や事故など労務問題を発生させない未然防止ができる人事労務管理です。
 それには基本的に緊張感のある組織風土をまず形成することが重要です。それがあって人事諸制度、諸規則が機能します。
 ではどうすれば緊張感のある組織風土を形成することができるのでしょうか。
 次回詳しく述べたいと思います。


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