論語に学ぶ人事の心得第58回 「他人(ひと)のやっかみ半分の噂話に付き合う暇はない」

孔子立像 出典:Bing

 やっかみとは人を羨(うらや)み妬(ねた)むことです。順調に出世する人を羨望(せんぼう)する気持ちは古今東西変わりません。孔子はこの時代の羨望の的になっていたと思われます。
 本編3-15で初代君主周公旦を祭った大廟(たいびょう)を参詣した時に、孔子が係りの人に参拝の手順をいちいち尋ねていたことを見た人は、その様子から、孔子は礼法に非常に詳しいと聞いていたが、本当は礼法に詳しくないのではないかと非難されます。しかし孔子はいささかも感情を乱すことなく「このように参拝の手順を訊くことが大廟(たいびょう)を参詣した時の礼法なのだ」と答えています。
 本項においても孔子が本来の礼法に従い君主に腰を低くして、丁重に接する姿を見た人が孔子を媚び諂っていると批判しています。孔子はもともと権力者にこのような弱腰の人ではないことが知られていましたし、孔子は、また、この時代を代表する礼法学者だと言われていますから、礼法を知らないことや礼法に反する行動をとるとはおよそ考えにくいとすれば、以下の二つのことが考えられます。その一つは批判している人を含め礼法なるものを習得している人は当時いなかった、その二つ目として、その当時、孔子自身、幾多の紆余曲折(うよきょくせつ)を得て高い地位についていましたので単なる嫉妬心から出たものの二種類が想定できます。
 リーダーにはとかく批判がつきものです。あること無いこと巷間(こうかん)で囁(ささや)かれます。非難には事実に基づき反論する必要がありますが、批判にいちいち反応していては君子の品格が疑われます。孔子は批判を無視していませんが、受け止めて礼法を実践したのでした。

 八佾篇第3―18「子曰く、君(きみ)に事(つか)うるに禮(れい)を盡(つく)せば、人以(もっ)て諂(へつら)えりと爲(な)す也(なり)

 師は言われた。「君(きみ)に事(つか)うるに禮(れい)を盡(つく)せば」君主に仕えるさいに礼法に則り、決められた通りふるまうと、「人以(もっ)て諂(へつら)えりと爲(な)す也(なり)」それを見ていた人は君主にへつらっているという。


 論語の教え58: 「リーダーはとかく批判されるものだ。批判されたくないならリーダーにならないほうがよい」

◆リーダーは批判や非難に異なる対応をすべきだ
 批判と同じような言葉に「非難」という言葉があります。明確な違いがありますので明らかにしておきたいと思います。批判は物事の良し悪しを論理的に判断することです。非難は相手の悪い点を責めることを言います。まず、リーダーは自分が批判されているのか非難されているのかを見極めましょう。
 批判されていると思ったら相手の見解に真摯に対応しましょう。非難されたら、相手の責め立てる理由を自己判断しましょう。思い当たる節があれば素直に正すことが筋です。しかし、思い当たる節もないのに、ただ貶(おとし)めるための非難なら話が異なります。相手と徹底的に戦うことになるでしょう。しかし、その場合でも相手によります。相手が品行方正(ひんこうほうせい)であれば謙虚に耳を傾ける必要があるかもしれません。もともと、品行方正な方が、ただ相手を貶めるだけで非難をすることはないと思われるからです。そうでない場合は、相手の邪(よこしま)な心を糺(ただ)すことに注力します。
 しかし、リーダーは、どんな場合でも、他人から誤解を受けるような言行は慎むべきでしょう。


シュンペーター像 出典:ウイキペディア

◆リーダーは批判や非難より無視されることが問題だ
 人は他から無視されるほどつらいことはありません。とりわけ、リーダーが無視されることは恐ろしい結果を生みます。あなたがリーダーとしての存在を認められていないことを暗黙的に示しているからです。リーダー個人の問題のみならず組織の崩壊にもつながります。
 あなたが組織の進むべきほう方向を示しても、メンバーは素直に従ってくれません。メンバーはリーダーが示した一定の方向ではなくバラバラに動き始めます。指示命令が機能しなくなり、組織の規律は維持されません。このようになってしまうとリーダーは無力です。組織は単なる群衆になってなってしまいます。従って、リーダーは批判や非難されている時に、メンバーに対して誠実な対応を目に見える形で示すことが極めて重要です。
 面従腹背という言葉があります。顔でリーダーに従いながら、心は従わないことを言います。それはリーダーには面と向かって反対意見を言えない(反対意見を言ったら不利益を被ることを知っている)から、表面的には従うふりをして実際には抵抗していることになります。専制主義的リーダーシップを発揮しているリーダーによく見られる傾向です。
 しかし、どんな絶対権力者でもただ権力だけで人を意のままに動かすことはできません。短期的に可能であっても長期的には不可能です。無視されない唯一の方策はメンバーと揺るぎない信頼関係をすることです。

◆リーダーは革新的な施策を推進すればするほど批判される
 革新的な施策には現状を否定するところから始まります。「革新」(イノベーション)という概念を生み出したオーストリアの経済学者ヨーゼフ・アロイス・シュンペーターは革新することを「創造的破壊」と言っています。新しい取り組みをすればするほど現状が破壊されていきます。大抵の人は現状安定を望みますから革新的施策を批判し反対します。
 これに対し、先見性のある人は将来の変化を洞察できますから、反対を押し切っても革新策を遂行します。企業は変化即応業です。企業経営者は自社を変化の波に乗せることができなければ永続的な発展など望むことができません。目先の利益に目を奪われ、戦略的投資を怠れば気づいた時にはどうにもならない窮地に追いやられることでしょう。この点に関しては批判に耳を傾けることは大事ですが、批判を恐れてはなりません。
 経営者の責任は事業の「将来構想構築、戦略的意思決定、執行管理」の三つです。企業は永続する存在です。世紀を超えて発展する企業を作り上げるためには革新無くして実現することはできません。
 どんなに批判されようと事業の定義を常に見直し、変化に対応でいているかどうかを検証することが大切です。(了)


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