論語に学ぶ人事の心得第53回 「下心を持つ者には断固として妥協せず、厳然たる態度で対処する」

衛国君主 霊公出典:Bing

 本項は王孫賈(おうそんか)との対話です。
 孔子が魯国から全国遊説の旅の途中で衛国に立ち寄った時に行われたものだと思われます。王孫賈(おうそんか)は、孔子が衛国の重臣で、実力者である自分をさておいて奥、つまり君主霊公に媚(こ)びを売っているのではないかとの妬(ねた)み心を起こし、諺(ことわざ)を用いて遠回しに孔子を咎(とが)めているのです。孔子は、このことは百も承知で、「私はそのような小汚い真似はしません」ときっぱりと否定しています。
 王孫賈(おうそんか)はこれまでに登場してこなかった人物です。衛国の軍事を担当する重臣の一人でした。当時の衛国は霊公(れいこう)という29代目の君主が治めていました。霊公(れいこう)は、重臣で持っていると言われたほど取り巻きに守られていました。王孫賈(おうそんか)はそのうちの一人です。
 衛は中国の周代・春秋時代から戦国時代にかけて河南省の一部を支配した諸侯国です。紀元前209年、秦によって滅ぼされました。

 八佾篇第3―13「王孫賈(おうそんか)問いて曰く、其の奧に媚(こ)びんよりは、寧 (むし)ろ竈(そう)に媚び(こ)よとは、何の謂(いい)ぞや。子曰く、然(しか)らず、罪を天に獲(う)れば禱(いの)る所なき也」

 「王孫賈(おうそんか)問いて曰く、其の奧に媚びんよりは、寧 (むし)ろ竈(そう)に媚びよとは、何の謂(いい)ぞや」とは、王孫賈(おうそんか)が質問して言った。奥でかまどの神様のご機嫌を取るよりはかまどの前でご機嫌をとったほうが良いという諺がありますが、どういう意味ですか?師は答えた。「然(しか)らず、罪を天に獲(う)れば禱(いの)る所なき也」とは、それは違います。天に罪を犯せば、祈る対象が無くなります。

 論語の教え53: 「謀(はかりごと)をする人間には付け入るスキを与えてはいけない」

◆権力者の取り巻きには留意せよ
 権力者を取り巻く人物は、二癖も三癖もある人物であることは古今東西変わりません。それだけ権謀術数に長けた人物のみが就ける地位です。


孔子像:出典Bing

 現代社会においても、論語で教えていることとは真逆である、「うちのトップはどうしてあのような根性の曲がった人物を側近につけるのか」などと巷を賑わせる話題には事欠きません。一方で、癖のあるものほど仕事ができともいわれます。癖のあるものはある意味リスキーな存在でもあります。
 ところで、癖のある人と人間関係を築くにはどうすればいいのでしょうか。このような人と人間関係を築く必要はないと言ってしまえばことは簡単です。しかしながら、そうとばかり言えません。相手は重要な顧客であったり、取引先であったりする場合はうまく人間関係を維持しなければなりません。社内でも直属の上司であれば、必ず人間関係が生じます。避けることはできません。これらの人との付き合い上の要諦は自分の本心や尊厳を決して明かさないことです。そして、ぶしつけにも相手が心の中に土足で踏み込んできた時や不当な要求をしてきたときには、厳然とはねつける勇気を持つことだと思います。
 また、人間には、必ず強みと弱みがあります。相手の強みと弱みをじっくりと観察し、相手の出方によっては弱みを突くことを準備しておくことも大事です。

◆巧言令色な近づきには心を許すな
 ご承知のとおり、学而編1-3に「子曰く、巧言令色鮮(すくな)し仁」という短い項がありました。「巧妙な言葉で、取り繕った表情する人間は心を偽っているから、心して付き合え」というものです。孔子の言葉に深い意味を読み解くことができなくてもこの言葉の暗示するニュアンスを感じ取ることができます。この一項は、まさに、「至言」と言っていいでしょう。その反対に、「剛毅朴訥、仁者に近(ちか)し」とは口下手であっても真情にあふれる人は、仁者であると高い評価をしています。要するに人間を評価するのは外面的なものでなく内面の心のありようで評価することの大切さを説いているのです。
 因(ちな)みに、辞書によりますと、心情とは心の中にある思いや感情のことであり、本項で説いている真情とは嘘偽りのない心、まごころのことを言います。
 言葉巧みにすり寄ってくる者を我々はすぐに信じてしまいます。古くからある詐欺師や詐欺行為がいまだに消えてなくならないのはいかに人は騙されやすく、巧みな言葉に弱いかという証拠でしょう。

◆虎の威を借りる人間の本性を見抜く
 「虎の威を借る狐」とは、「権勢を持つ者に頼って、その権力を後ろ盾にして威張ること」です。出典は「戦国策・楚策』にあると言われています。
 その話の内容とは「虎が狐を食おうとしたときに、狐が「私は天帝から百獣の王に任命された。私を食べたら天帝の意にそむくことになるだろう。嘘だと思うなら、私について来い」と虎に言った。そこで虎が狐の後についていくと、行き合う獣たちはみな逃げ出していく。虎は獣たちが自分を恐れていたことに気づかず、狐を見て逃げ出したのだと思い込んだ」という話から来ています。
 それにしても虎に威を借りて威張り散らす小心者が多いことに驚かされます。
 以前に、このような光景を見たことがあります。同僚の一人が上司に決裁書をもって伺ったところ「今頃こんなものをもってきて遅いじゃないか」と決裁書を激しくたたき返しました。仕方がないから、決裁書をその上司の上司にもって決済を伺いました。事情を説明して決済を伺ったところ決済してくれました。その後、彼が直属上司に事後報告に伺ったところ、「ルール違反だろう」と怒られると覚悟していたにもかかわらず、にこにこしながら「実は私も賛成だったのだよ」と急に態度を豹変したのでした。その後、私を含め同僚はその上司を全く信用しませんでした。
(了)

注)1戦国策とはもともと『国策』『国事』『事語』『短長』『長書』『脩書』といった書物(竹簡)があったが、これを前漢の劉向(紀元前77年~紀元前6年)が33篇の一つの書にまとめ、『戦国策』と名付けた。(出典:ウイキペディア)


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