論語に学ぶ人事の心得第42回 「リーダーが力を弱めた時の後継者のありようが組織の将来を決める」

孔子立像 出典:Bing

 孔子は、前稿と同様に臣下に過ぎない季孫氏(きそんし)、孟孫氏(もうそんし)、叔孫氏(しゅくそんし)の三桓(さんかん)の分を弁えない振る舞いに苦言を呈しています。魯国の天子が武力、財力、民衆からの信頼も薄いことに付け込んで、まるで自分が天子になったように振る舞うのはあまりにも礼を逸した行動ではないのかと戒めているのです。魯国のような小国と言えども、天子という最高の権力者が統治力を無くすると臣下は長年の伝統をも踏みにじった行為をしてしまうのでしょう。魯国に暗雲が垂れ始めています。孔子は今後魯国をどうガバナンスしてゆくのでしょうか?
 皆さんとともにその行く末を見守りたいと思います。

 八佾3-2「三家者(さんかしゃ)、雍(よう)を以って徹す。子曰く、「相(たす)くるは維(こ)れ、辟公(へきこう)、天子(てんし)穆穆(ぼくぼく)と。』奚(なんぞ)三家(さんか)の堂にとらん」

 「三家者(さんかしゃ)」とは季孫氏(きそんし)、孟孫氏(もうそんし)、叔孫氏(しゅくそんし)の魯国の三貴族のこと。三桓ともいう。「雍(よう)を以って徹す」とは周王朝の天子の祭祀の歌を演奏させて祭祀をお開きとした。先生は言われた。辟公(へきこう)とはこの御三家のこと。祭祀の際には、手伝うのが諸侯である三桓で、天子がご機嫌麗しいとあるのに、どうしてそれを三桓の正堂で演奏するのか

 論語の教え42: 「公に奉仕するのではなく、私服を肥やすことに執心する者に将来を預けてはならない」


信頼関係 出典:BING

 命運をわけた二人の経営者
 経営者の実際にあった話です。仮に、その会社をA社とB社にしましょう。二人のトップはライバル会社でありましたが、お互いの心が通い合うようになります。将来のことを考えて二社を合併させるところまで意気投合しました。両者とも社内の反対を押し切って実際に合併ま、る手続きに入ったその時に、B社の社長は心筋梗塞で急逝したのです。享年43でした。好事魔多しとはこのようなことを言うのでしょうか。突然、リーダーを亡くしたB社の社員は動揺しました。創業者でワンマン経営であったB社の後継者は難航しました。結局、妻で監査役であった全社長夫人が後継者となることが決まりました。
 悪いことが重なるもので、合併のための財務諸表をまとめたところ、債務超過に陥っていることが判明したのです。亡くなった社長のみがこの事実を知っていました。いわゆる、粉飾決算をしていました。

 私財を投げ打って危機を乗り切る気概
 そこで、困ったのはA社です。A社は堅実経営の会社でした。絵に描いたように、成長性、安全性、収益性、生産性共にバランスの取れた経営をしていました。A社は今後のB社との関係をどうすべきかの決断を迫られたのです。B社との話をご和算にするか、B社を救うかの選択に迫られたのです。A社は前者を選択すればB社の将来は全くありません。結局、A社の社長は後者を選択しました。亡くなったB社社長との生前共有し合った両者の未来のためにも、そして、B社の社員を含む関係者の将来を考え、会社を維持継続することを決断しました。しかも、社長個人の私財でB社の債務超過を解消し、一年待って、両社はめでたく合併したのです。
合併後の会社は極めて順調に収益を回復し優良企業としての地歩を築きました。

 人は何に動機付けられるか
 ことの是非はともかく、人はお金に動機付けられるタイプとやりがいなどの精神的要素に動機付けられるタイプの二つに分かれるようです。それぞれ豊かさの価値概念を経済的側面に置くのか、あるいは、精神的側面に置くのかのどちらに置くのかということになります。誰だって両方の価値観を持っていると言われるかもしれません。確かにその面は否めませんが刑法に触れる行為をしてまで、金に執着するレベルとなると多くの人はそこまで執着する気持ちは持っていないというのではないでしょうか。かつて、アメリカの著名な経営学者P・F・ドラッカーは企業の目的は「顧客の創造である」と唱えました。これまでは「企業の目的は利潤の追求である」というのが常識だっただけに論争が巻き起こりました。両方とも同じことを言っているのだとか両方とも裏表のことを言っているのだとか評論家のような解説が実業界でももてはやされたことを思い出します。私は伝統的な定義よりドラッカーの主張に共鳴するところが大です。皆様は如何でしょうか。
 企業経営者は資本家ではありません。資本つまりお金に関心を持つ前に顧客に関心を持っているとお金は後からついてくるように思われます。


(了)


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