論語に学ぶ人事の心得第40回 「侠(きょう)の精神の真髄は、義を見て、勇気をもって為すことである」
本稿は第三篇「為政」の最終項です。為政24項目の閉めに相応しい内容だと思われます。
誰の手助けも必要としない、どうでもいいことに口出ししたがるのに、手助けが欲しい大切な事柄に接した時に逃げ腰になったり、しり込みする人がいます。
そんな人がリーダーだったとしたらだれもその人についてゆこうと思わないでしょう。
侠(きょう)の精神はこれらの人たちと真逆の精神で義を貫く人たちです。
本稿で、孔子は自分の先祖でもないのに、有力者からと言って祀るのは有力者をおもねることで卑怯なことだと断罪しました。これこそ、義に反する行為だと厳しく批判したのです。
「義(ぎ)を見て爲(な)さざるは、勇(ゆう)無き也」というのは現代の社会でも用いられ、格言として定着しています。
為政2-24「子曰(いわ)く、其(そ)の鬼(き)に非(あらず)ずして、之(これ)を祭(まつ)るは、諂(へつら)ひ也(なり)。義(ぎ)を見て爲(な)さざるは、勇(ゆう)無き也」
先生は言われた。「其(そ)の鬼(き)に非(あらず)ずして、之(これ)を祭(まつ)るは、諂(へつら)ひ也(なり)」とは、自分の先祖の霊魂でもないのに祀るのは諂(へつら)いである。「義(ぎ)を見て爲(な)さざるは、勇(ゆう)無き也」正義にかなった事件に出くわして真っ先に行動しないのは勇気のない人間である。
論語の教え41: 「悪しき慣行は、「義」を見て為さざることに原因がある」
◆「悪しき慣行」はどこにでもある
どんな組織にも、悪しき慣行は存在すると言っても言い過ぎではありません。いわゆる公式と非公式のダブルスタンダードが存在しているのです。
「私の所属する組織には悪しき慣行などというものは存在しません」という人に、私は、何人にも出会いました。ところが、会社に伺ってみると就業規則とは異なる就業形態だったり、慢性化する時間外労働が現場で行われていたり、喫煙場所でないところで、吸殻が散らかっていたりします。設立後時間が経過している組織であればあるほど悪しき慣行が複雑に絡み合って存在していいます。
どの組織でも、組織編成当初は正式な一つのルールでスタートします。
ところが、時間が経つにしたがって、だんだんと運用が緩くなってきます。緩くなった瞬間は、まだ。目立ちませんから誰も気に留めません。気が付いた人がいたとしても注意する勇気がありませんから見過ごしてしまいます。注意することによって、自分だけが悪者にされたくないとの防衛本能が働くからです。
それぞれの組織の風土にもよりますが、慣行化するまでに三か月くらいかかります。長くなればなるほどその慣行は強固になります。要するに、修正して正規の状態に戻るまでに時間がかかるということです。通常、慣行化した時間と正常化する時間はほぼ等しいと言われています。
組織は生き物です。自然人の生活習慣病によく似ています。悪しき慣行が軽微な時は全体への影響も軽微ですが、悪しき慣行が進んで一つの慣行が二つ以上に進み、さらにそれらの慣行が絡み合う状態になると正常化することが極めて困難な状態になります。
それは、あたかも生活習慣病の代表的な病である糖尿病が他の生活習慣病との合併症を引き起こすのとよく似ています。
◆なぜ「悪しき慣行」が蔓延(はびこ)るのか
第一の理由は、自分たちの職場なのに、他人事(ひとごと)にしてしまうからと思われます。前述したように、自分に何のメリットもないことで、同僚や上司と部下から憎まれたくないとの思いが強いからです。憎まれるくらいなら見なかったことにしようということになります。ここまでなら、まだ許せることになりますが、ひどいのは管理職が見て見ぬふりをしているケースです。本来、元のルールに戻す責任も権限も持っている管理職が見て見ぬふりをしているのは、温床で黴(かび)を増殖しているようなものです。瞬く間に職場全体に悪しき慣行が広がります。絶対にあってはならないことです。
第二の理由は、経営幹部や管理職自ら悪しき慣行作りをしているケースです。このことも絶対あってはならないことですが、現実には多く発生しています。私はこの現象を称して「川の水は下流から濁らない」と言っています。悪しき慣行でがんじがらめになっている企業では、会議や約束の時間に平気で遅れるケースや汚職などで公私混同する場合では、上位職位が率先してルール違反をしています。上位職位ほどすべてに公正でなければならないとこの論語では至る所で孔子も説いていますし他の高弟も語っています。しかしながら、古代から現代までこの悪行は直される兆しすら見えていません。
人間の最大の弱さだと思います。
◆どうすれば「悪しき慣行」を排除(はいじょ)できるのか
悪しき慣行を排除する対策は消火活動によく似ていると思われます。
最大の対策は「予防策」です。「火事を起こさせない」ことと同様に「悪しき慣行」を起こさせない対策が最大の防御策だということです。
予防策では啓発と訓練です。特におこりやすい部署に集中して啓発活動を行うとともに訓練を行うことが大切です。鎖でも、人間関係でも弱いところが切れます。
組織でいえば職場のモラールが低いところ、管理職のリーダーシップが弱いところに悪しき慣行が生まれる土壌があります。ここに、集中的に啓発と訓練を実施します。
これらの対策を講じてもすべてが防ぎ切れるかというとそうではありません。いくら完璧を追及しても実現するのは不可能です。
不幸にして、悪しき慣行が生じていることが発覚したら、その場で直ちに軌道修正することが絶対に必要です。ここで、ためらいが生じてしまったらせっかくのチャンスを見逃すことになってしまいます。ここで、一念発起「義を見て為さざるは勇なきなり」との言葉を体現してほしいものです。(了)