論語に学ぶ人事の心得第29回 「高弟、子貢は指導者とはどうあるべきかを師に問うた」

子貢像:国立故宮博物館蔵

 本項は高弟、子貢(しこう)との対話です。孔子と子貢の対話はいつもテンポが速く、雄弁家同士の対話で見応えがあります。子貢(しこう)は学而編1-15に出てきたあの弟子です。改めて紹介しましょう。姓は端木(たんぼく)、名は賜(し)、字は子貢(しこう)です。『史記』によれば衛国出身、孔子より31歳年少。弁舌(言語)の才を孔子に評価されました。孔門十哲の一人です。外交官として、また商人として当時の世に知られ、おそらくは孔子一門の財政をも担ったと伝えられています。
 子貢(しこう)との対話で留意したいのは孔子の人材育成方針です。「自ら考え自ら実行」というのが基本ですが、その中で以前にも触れましたように「三者三様の教え」に注目したいと思います。要するに個人の育成ニーズは個々人ごとに異なり存在するということです。
 と言いますのも、もともと子貢はとても能弁の人で、口から先に生まれたような人でした。口が達者であることを孔子自身が評価したのですが、そうであればこそ「子貢よ、お前は理屈を言う前にまず行動しなさい」と言いたかったのかもしれません。

 為政2-13「子貢(しこう)、君子を問ふ。子曰く、先(ま)ず行(おこな)ひ、其の言(かた)りは之(これ)に從(したが)へ。」

 「子貢(しこう)、君子を問ふ」とは子貢(しこう)は先生に指導者たるものはどうあるべきかを質問した。「子曰く、先(ま)ず行(おこな)ひ、其の言(かた)りは之(これ)に從(したが)へ」とは先生は子貢(しこう)にこう答えた。「指導者たるものは、まず言いたいことを実行し、そのあとで、言葉がついてくるような行動がとれる人でなければならない」

 論語の教え30: 「人の上に立つ指導者たるものは不言実行のできる人だ」


孔子立像出典:Bing


 「不言実行」と「有言実行」とは?
 ここでは、「不言実行」と「有言実行」の優劣を論じているのではありません。しかし、孔子は人の上に立つ指導的立場に立つ人はあれこれと理屈を言う前に黙って実行する人だと語っています。それは前述したように能弁である子貢から質問されたからです。
 「不言実行」とは、黙ってなすべきことを実行するという意味です。
 一方、「有言実行」とは、言ったこと、人の前で宣言したことを必ず実行することです。 例えばあなたが部下に「新規顧客を5社獲得する」と宣言したとします。実際にそれを実現させたら、あなたは有言実行したことになります。 言ったことは必ず実行したり実現させたりする人を「あの人は有言実行の人だ」と周りから尊敬され信頼されます。
 通常のビジネス社会では上に立つ人は「指示命令する人」、「引っ張る人」のイメージが強いのですが、黙って実行する人こそ行動力のあるのリーダーの証(あかし)だと言えると思われます。

 部下の美辞麗句に惑わされず、公正に人事管理する
 孔子は学而編1-3「巧言令色鮮し仁」で言葉巧みに人に取り入る人間は信用できないと述べています。孔子はぺらぺらと空疎な美辞麗句を操ることを極端に嫌いました。美辞麗句を並べる人物は古今東西どこにでもいます。このような人物も問題ですが、それより問題なのは上位者が表面的な気持ちよさから信じこんでしまうことです。
 権力を持てば持つほど媚びへつらう人や二枚舌を使う人が押し寄せます。二枚舌に乗せられる上司を脇が甘いとよく言われます。苦労したことがなく、周りから持ち上げられてきた人に多くみられる傾向です。心にもない美辞麗句に乗せられて人事の依怙贔屓(えこひいき)が組織に蔓延しますと上に立つ人の信用がなくなるだけですみません。組織そのものが活力を無くし、やがては衰退の道を進むことになります。私たち人類の歴史はこの騙し合いの歴史でもありました。今日まで綿々と繰り返されています。(了)


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