論語に学ぶ人事の心得第五回 「学習をして知識を習得する前に人間としての徳を磨く」

 孔子は思想家でありましたが何よりも特筆すべきことは実践家だったことです。論語で取り上げられている教えはすべて実践の中から体得したことを弟子に説いています。
 現代風に言えば自ら体得した経験法則を弟子とともに共有したとでも言っていいと思います。今回取り上げる教えもまさにその典型的な教えの一つです。
 孔子は親孝行や年長者を敬うことの大切さを説いていますが決して無理強いしたり、義務で行くことを求めているのではありません。人生を送る上で、良い人間関係を作り上げることの大切さを教えているのです。
 人事の要諦のもう一つは「職場における上下左右のよき人間関係作りだ」といっても言い過ぎではありません。上司を敬い、同僚と誠実に仕事ができればこれほど楽しい職場はないでしょう。
 私たちはともすれば他人に変わることを求めがちですが、その前に自ら変われるよう努力しましょう。

 学而1-6「子曰く、弟子入りては則ち孝、出でては則ち弟、謹みて信あり、汎く衆を愛し而仁に親しみ。行ひて餘れる力有らば、則ち以って文を學べ」

 「弟子」とは孔子の弟子だけでなく広く若い人たちのことです。「入りて孝」とは家庭内では親に孝行を尽くすこと、「出でては則ち弟」家の外では年長者には素直な態度で接することです。「謹みて信あり」とは真面目に誠実を心がけることです。誠実とは前にも出てきましたが言葉や行動する上で、私利私欲に走るのでは無く、また、ごまかしや不正がなく、正直である人のことを言います。
 「汎く衆を愛し而仁に親しみ」とは多くの人々には愛情をもって接するとともに、仁を心得た人や志のある人物と親しくすると自分もそのような人から教えられることが多いという意味です。仁はこの論語にしばしば出てくる言葉です。
 孔子の教えの中で5つの徳「仁・義・礼・智・信」の一つとして説かれた最高徳目の一つです。その意味は己に克ち、他に対するいたわりのある心のことです。「餘れる力有らば、則ち以って文を學べ」とは、これらが自然に行えるようになってから、やっと学問をすることができるという意味です。
 論語の教え7:「学習をして知識を習得する前に人間としての徳を磨く」
人材育成は知識を増やすことではないという人を育てることの本質を突いた教えです。この教えには意味が二つあると思います。
 第一の教えは、人間としての徳を身に着けていない人がいくら知識を習得してもそれを正しく活用することはできないということです。
 第二の教えは、知識というものは手段であり目的ではないということです。孔子は知識を増やすことを決して否定しているわけではありません。
 冒頭に述べましたように。知識を身に着け実践することの大切さをことのほか分かった人でした。しかしながら、何よりも大切なことは人間としての徳を磨くこと、人格の陶冶こそ人材育成の究極の目的であると教えているのです。
 まず、人間としての徳を磨け、しかる後に知識を習得せよと言っています。とくに、管理者や経営幹部のように上に立つリーダーの育成には徳育、知育、体育のバランスが取れたプログラムが必要でしょう。
 では、徳を磨くにはどのようにすべきなのでしょうか。この「論語に学ぶ人事の心得」の最重要なテーマです。これから、皆さんとともに考察していきたいと思います。


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