人の能力は批判でしぼみ。励ましで開花する。

 これは有名なアメリカのデール・カーネギーの言葉だそうです。この言葉と言葉を紹介した人の体験談がある雑誌に掲載されていました。その話に私も自分のことを言われているような衝撃を覚えました。その話というのはその人がある支店の支店長をしとぃた時の話でした。部下との人間関係がよくなく業績も低迷していました。ある時、その会社のオーナーが支店に視察に来たそうです。その時に「長たるものは決断が大切だ」とのアドバイスをくれたとそうです。この言葉に啓発され出会ったのがデール・カーネギーのこの言葉だったそうです。
 この言葉に感動するばかりか実践し続けました。支店の社員にも強固な一体感ができてきました。低迷していた支店もなんと日本一の好業績を上げる優良支店へと転換させたと言うのです。この方はその後、社長、会長となって現在も重責を担っておられます。
 私はこの話から二つのことを学びました。
第一は悩み事や問題を抱えることは悪くないなということです。
 問題に直面することは問題意識を醸成させてくれるからです。ここからは私の解釈ですが、この経営者が業績が低迷せず、部下との人間関係もうまくいっていれば果たしてこのような本との出会いがあったでしょうか?もし出会いがあったとしてもこのように自分の行動を変えられたでしょうか?企業は問題を抱える集合体と言われます。問題が無い方が不思議なくらいです。問題を解決することにより人間の幅が一回りも二回りも大きくなっていくのだと思います。
第二はいい情報との出会いがあった後の対応の仕方です。
 私たちは人生でこの経営者と同じように多くのすばらしい出会いがあります。要はその出会いの後の私たちの行動です。どんな話にもよそ事として感動もしない人は論外として、よしんば、感動したとして感動のレベルで終わってしまっていることが成長するかしないかのターニングポイントを握っているということです。
 いくら多くのいいことを知ったとしても知識のレベルで頭の中にしまっていたのでは何の役にも立ちません。行動しなければ自分も周りも事態は何も変わりません。評論家はそれでいいのかもしれませんが実務家はそうはゆきません。この経営者の話から、私は実践行動の大切さを思い知らされました。
 それにしても、人は自分のことはさておいて他人、とりわけ部下の能力不足を俎上に載せたがるものだという現実です。自省を込めてなんら生産性のないことを年中頭の中を巡らせているものだと愕然とした次第です。そのくせ、いい話になると自分の手柄話にしたくなるのも人間です。そのような悲しい性(さが)を持っているのも「考える葦」である人間だから故でしょうか。


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