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論語に学ぶ人事の心得第38回 「人間として信用できない者は楔(くさび)のない車と同じだ」

聖人孔子像 出典:Bing

 本項も前項と同じように誰と対談したかは明らかではありません。
 誰かが孔子に訊ねたのでしょう。「人として最も大切なことは何でしょうか」と。いつも、師の答えは明快で、本質をついています。
 人間としての価値そのものに迫る答えです。今回の回答は、さらに、個人だけでなく、人と人との交流にも関係があります。もっと言えば、会社、そのトレードマークや暖簾(のれん)にも当てはまります。個人であれ、商売であれ、最も大切なことは人間としての「信用」だということです。命の次に大切なのは、「お金ではなく信用だ」ということを言っています。
 車にくさびが無いのは車でないのと同じように、「人間が信義を誠実に守らなければ、人間としての値打ちがない」と喝破したのです。

 孔子が生きた春秋時代に、最も大切な交通手段であった牛車や馬車を例えにして、人間の何よりも大切なことは、信義であることを説いたのです。

 為政2-22「子曰く、人にして信無くば、其の可(か)なることを知らざる也(なり)。大車(たいしゃ)に輗(げい)なく、小車(しょうしゃ)に軏(げつ)無くんば、其れ何を以て之を行(や)らんや。」
 先生は言われた。「人にして信無くば、其の可(か)なることを知らざる也(なり)」とは、人でありながら誠実に信義を守らないものは、良いところつまりその人の可能性が見いだせない。「大車(たいしゃ)に輗(げい)なく、小車(しょうしゃ)に軏(げつ)無くんば」とは、牛車に輗(げい)すなわち、楔(くさび)がなく、馬車に馬をつなぐ横木の楔(くさび)が無ければ、「其れ何を以て之を行(や)らんや。」とは、どうして車を前に進められようか?


 論語の教え39: 「信用の構築は重き荷物を背に、遠い道を行くが如く、信用の崩壊は火花の如し」
 信用を築くのは並大抵の辛苦ではできないが、信用を無くすのは一瞬である。
信用を築く三条件
①約束を厳守する
 約束に大小はありません。小さなことだと自分勝手に判断して、約束を守れない人がいますが、このような人は大きな約束も守れません。たとえ、少額な金銭の貸し借りであったとしても、借りたものは必ず返済しなければなりません。借りた人は時々忘れるのですが、貸した人はどんな少額でも、必ず、覚えています。お金だけではありません。書物などの本を借りた時には、期日までに借りたものは必ず返すことが、信頼を築くには不可欠です。

②秘密を厳守する
 口が堅いことは信用を築く大切な第一歩です。
 口の堅い人は、わざわざ、他言無用、部外秘とは断らなくても、これは、他言してはいけないと直感できる人です。
 大切な話を「ここだけの話」と、やたらに、打ち明けてしまうような人には大切な情報や相談がまず来ません。と言うことは大切な仕事が任されないことです。大切な仕事を任されないことは組織にとって日常的な繰り返し行われる仕事のみ行うことになります。いつまでたってもルーティンワークをしていては会社にとって必要な人でなくなります。

③時間を厳守する
 時間にルーズな人は基本的に信用されません。待たされる人は自分を軽く見ていると思うからです。また、顧客との約束時間に、遅れる人はよほどの理由がない限り、その商談は成功しないでしょう。一回だけならともかく、何回も時間に遅れると顧客から取引停止になるのが普通です。親しい関係だからといって多少は遅れてもいいだろうと思うかもしれませんが許されません。親しき中にも礼儀ありというのが、ビジネスマナーです。
 会議や研修への出席に関しても同じことです。自分だけ遅れてもあまり関係ないだろうと自己判断してはなりません。あなたが遅れたために、会議の開催が遅れたら、それだけで時間が浪費されます。出席者の人件費を考えたら会社にとっては莫大な無駄を発生させていることになります。



◆信用を落とさないための留意点
 信用を落とさないためには上記のことをしっかりと厳守すればいいのですが、それ以外に、心掛けると信用が増加する留意点をあげます。

①言い訳しないこと。
 人間は神様では無いので、万が一、厳守できないことがあるかもしれません。その時は「くどくど」と言い訳をしないことです。素直に謝るよう心掛けましょう。そして、二度と同じ失敗をしないよう心がけましょう。

②うそを言わないこと
 約束を守れなかった時には、私たちは、つい苦し紛れにその場しのぎで、軽いうそをついてしまいがちです。嘘は、必ず、ばれると心得るべきです。嘘が嘘を呼ぶような事態になれば最悪です。ここでも、やはり、勇気をもって潔く謝ることが大切です。人は誰でも一度の失敗は許すものです。

③報連相を欠かさないこと。
 報連相は人間関係の円滑油です。ビジネスをうまく進めるソフトウエアでもあります。どんな些細なことでも自己判断せず関係者に報連相しましょう。
 ここで、特に大切なことを二点あげておきます。
 第一は、悪い情報ほど先に報告せよ言うことです。
 いい情報は、矢のごとく早く上位職位に届きます。ところが、組織にとって悪い情報は途中でもみ消されたりして届かなかったり、届いたとしても事態が悪化して、にっちもさっちもいかなくなってから、責任者に届くことがよくあります。これでは遅すぎます。
このような場合には、組織の文化として悪い情報は早く報連相することを確立する必要があります。

 第二は、報連相は下位職位からのものではないということです。
 報連相は、「上司が部下から受けるものだ」という企業が結構あります。それは誤解です。
報連相には、上位職位も下位職位もありません。報連相が円滑で活性化されて組織では、上位職位からの報連相が活発です。
 上位職位が活発に報連相すれば下位職位からの報連相も活発になります。
 報連相はやまびこと同じです。発信すればするほど帰ってきます。
 かつて、私は、ある会社からこのような相談を受けたことがありました。その会社の管理部長は「うちの会社の連中はまったく報連相ができないのです。だから、私たちは現場のことがよくわかりません。そこで、報連相が活発に行われるための研修をやってほしいのです。」とのことでした。
 早速、中堅幹部を全員集めて報連相の研修を行いました。研修生の反応は管理部長の依頼内容とは全く異なっていました。逆だったのです。私たちが報連相しているのに上司は何の反応も示さないと参加者が私に訴えました。
 紙数の関係で詳細は省きますが、このような会社は一社や二社ではありません。

④人によって接する態度を変えないこと。
 上司には作り笑いをしたり、おべっかを言って腰を低くするのに、部下に対しては、反り返った態度や乱暴な言葉遣いで接することは、厳に慎んでほしいと思います。
 このような上司の顔色を見て仕事をする人は、誰からも尊敬されないばかりか、信用されません。明末の陽明学者、崔後渠(さいこうきょ)の「六然」という格言がありますのでここで紹介しましょう。



<自ら処すること超然(ちょうぜん)>
   自分自身に関しては、いっこう物に囚われないようにする。
  <人に処すること藹然(あいぜん)>
   人に接して相手を楽しませ、心地良くさせる。
<有事には斬然(ざんぜん)>
   事があるときは、ぐずぐずしないで活発にやる。
  <無事には澄然(ちょうぜん)>
   事なきときは、水のように澄んだ気でいる。
  <得意には澹然(たんぜん)>
   得意なときは、淡々とあっさりしている。
<失意には泰然(たいぜん)>
   失意のときは、泰然自若(じじゃく)としている。
(了)


論語に学ぶ人事の心得第37回 「政治の根本原理は家を治めることである」

                    2021年
        新年明けましておめでとうございます。
 本年も、皆様にとりよいお年でありますよう衷心より祈念します。



晩年の孔子像 出典:百度

 本項は、これまで形と異なり、対談した相手は特定されていません。晩年、ある人から「あなたのような功績があり、仁者と言われる人がなぜ政治に関与して民衆のための政治に関(かか)わらないのでしょうか」と訊ねられたことに対する、孔子の考えを述べたものです。
 孔子の考え方は明快でした。それは、「書経」に書かれているように、政治家や権力者だけが政治を行うのではなく、政治の基本は社会の最小単位である家を、どううまく治めるかであること、もちろん、そのためには個人として確固たる考えを持つ必要があることを説きました。後に、孔子が創始した儒教の政治理念の根本原理である「修身、斉家、治国、平天下」として、集大成されることになります。
 本項にある「書」つまり「書経」に関してウイキペディアに以下のような解説がありますので紹介させていただきます。

 『書経』(しょきょう)は、中国古代の歴史書で、伝説の聖人である堯・舜から夏・殷・周王朝までの天子や諸侯の政治上の心構えや訓戒・戦いに臨んでの檄文などが記載されている 。 『尚書』または単に『書』とも呼ばれ、儒教の重要な経典である五経の一つでもある 。 内容に違いがある2種類の本文が伝わっており、それぞれを「古文尚書」・「今文尚書」と呼んで区別する 。 現代に伝わっている「古文尚書」は由来に偽りがあることが断定されているので「偽古文尚書」とも呼ばれる 。もともとの「古文尚書」は失われており、現代には伝わっていない。(出典:ウイキペディア)

 為政2-21「或るひと孔子に謂(い)いて曰(いわ)く、子奚(なん)ぞ政(まつりごと)を爲(な)さざる。子曰く、書(しょ)に云う、孝なるかな惟(こ)れ孝、兄弟に友なり、有政(ゆうせい)に施(ほどこ)すと。是れ亦(ま)た政(まつりごと)を爲すなり。奚(なん)ぞ其れ政を爲すことを爲さん」
 「或るひと孔子に謂(い)いて曰く、子奚(なん)ぞ政(まつりごと)を爲(な)さざる」とは、ある人が孔子になぜあなたは政治にかかわらないのですかと訊ねた。孔子は次のように答えられた。「書(しょ)に云う、孝なるかな惟(こ)れ孝、兄弟に友なり、有政(ゆうせい)に施(ほどこ)すと」とは、「書経」にひたすら親孝行に務め、兄弟仲睦まじければ政治に貢献したことになると書かれている。「是(こ)れ亦(また)政(まつりごと)を爲(な)すなり」とは、これもまた政治にかかわることだ。「奚(なん)ぞ其れ政を爲(な)すことを(な)爲さん」とは、強いて国の政治に関わることではあるまい。

 論語の教え38: 「家(うち)を治められないものがどうして公(おおやけ)を治められようか?」


弥勒菩薩(みろくぼさつ)像


上に立つ人には「公人」も「私人」もない。「ノーブレス・オブリージュ」を自覚せよ。
 政治家や経営者など、人の上に立つ人々には、公的立場や私的立場の区別はありません。社会からその行為を批判されて「私的なことだから」と言い訳する人がいますが、誤解していると思います。
上に立つ人には、少なくとも倫理的な言行に対しては「公人」も「私人」もないことを自覚する必要があります。もし、世間から批判されるような不始末をしてしまったら、その不名誉は、当事者である本人はもとより、所属する組織全体の名誉を傷つけることになるからです。組織にとって、その損害は計り知れません。
 西洋の道徳観に「ノーブレス・オブリージュ」という考えがあります。この言葉には、とても深い意味があります。身分の高い者は、それに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという意味です。究極の地位である王族には、私権より責任が優先されますし、国の有事には真っ先に先頭に立たなければなりません。その重責に対する覚悟と一生涯国民に奉仕し続けることが求められているのです。

上に立つ人は公私混同が致命傷だ!
 一見、上記と矛盾するように見えますが、全く異なる概念です。上に立つ人は、「私有物と公有物を厳格に区別して管理せよ」ということです。さらに、私生活で発生した費用と公的生活で発生した費用を混同するなということです。
 そして、人事処遇に関して、「自分の身内や血族関係者をただそれだけの理由で、特別扱いして優遇するな」ということです。
 古今東西、公私混同で、社会や組織を混乱させた事例は枚挙にいとまがありません。とりわけ、専制的な体制の組織では現代でも、公私混同はまかり通っています。地位を利用して私服を肥やすこともしばしば新聞紙上を賑やわせます。苦労して会社を軌道に乗せた創業的オーナーは、自分の会社だから何をしてもかまわないと開き直るかもしれません。そんな経営者は、会社を大きくしないほうがよいのです。企業はあくまでも社会の公器です。とりわけ、資本を公開した企業は社会の多くの出資者から資金を預かります。公器である以上、反社会的行為は許されません。発展する企業には、必ず、そこに牽制制度が存在し機能しています。

上に立つ人は自己管理が絶対条件である。
 上に立つ人の資格要件は、多くの識者がこれまでにも、能力面、性格面、資質面で語りつくすほど語られています。何も残されていないほど、語りつくされたと言っても言い過ぎではありません。
論語でも、孔子は折に触れ、上に立つ人の心構えを語っています。これらを俯瞰してみますと、私は「自己管理こそリーダーの最重要要件ではないか」と思います。
 組織の盛衰は、すべてリーダーの自己管理力と不可分の関係になったいることを、感じざるを得ません。
 とりわけ、リーダーの心理を左右しているのが成功と失敗の法則です。「失敗は成功の母である」のと、同時に、「成功は失敗の母でもある」ということです。
 小さな成功を繰り返した後、経営者の慢心による大きな失敗は、その組織にとって、取り返しがつかないほどの大きなダメージを与えます。私は、長年のビジネス生活で、嫌というほどこれらの現実を見せつけられてきました。この「成功は失敗の母になる」ほとんどの原因は経営者の「自己過信」という自己管理の甘さから来ています。
 それでは、成功を勝ち得た人がどのように自己管理し、最終的な栄冠を勝ち取ったのかというと、理由は三つありそうに見えます。
 第一は、小さな失敗を数多くして失敗から学び、大きな成功につなげている人です。
 第二は、成功や失敗に一喜一憂せず、そのどちらであっても、常に冷めて物事を見れる人です。
 第三は、成功した時ほど、組織に対して「鬼面」を演じ、失敗した時ほど、組織に「仏面」で演じることができる人です。

 最後に、コロナ化でパンデミックが依然として猛威を振るっていますが、天が人類に平等に与えた試練です。専門家によりますと防ぐに奇手奇策はなさそうです。「マスク」「手洗い」「換気」という極めてベーシックな対策が有効であるとのことです。どうか、この一年が画期的な年でありますよう祈念します。
(了)


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