論語に学ぶ人事の心得第67回 「人間は環境の動物だ。仁の気風のある所に住めば仁者になれる」

 本項から第四篇「里仁」が始まります。
 「仁」は五常の最初に出てくる徳義です。「仁」とは、思いやりの心で万人を愛し、利己的な欲望を抑えて礼儀をとりおこなうことです。誠実な思いやりや人間愛などいろいろな要素を包括しています。
今や、人間は環境の動物であることはだれも疑わない事実ですが、この時代に、孔子が環境の動物であるがゆえに仁者の気風のある場所を選んで住むことは知者として大切なことであることを喝破していることに驚きを禁じえません。


孟子像 出典:Bing

 実は孔子は他の編でも環境が人間に与える影響について言及しています。儒教では、現在確立されている社会心理学的視点にも深い関心を寄せていたと思われます。
 環境の大切さに関して「孟母三遷の教え」という有名な故事があります。教育には学ぶ環境が大切であるという教えです。また、教育熱心な母親の例えでもあります。孟母とは孟子の母親のことです。孟子の一家は、最初は墓地のそばに住んでいましたが、幼い孟子が葬式のまねごとをするので、母はそれを嫌い、市場の近くに引っ越しました。ところが、今度は孟子が商人の駆け引きのまねをするようになったので、また引っ越します。今度の住まいは、学校のそばでした。孟子も学校で教えている礼儀作法をまねるようになったので、母は、これこそ教育に最適の場所だと考えて定住しました。
 後に偉大な学者となる孟子は「性善説」を唱えた人です。孔子の孫である「子思」の門人に学業を受けたとされ、儒教では孔子に次いで重要な人物とされています。
 人は生まれながらにして悪人も善人もいません。育った環境によって長じてから様々な人格形成をへて悪人になったり、善人になったりするのです。孔子が生きた時代は身分制度がはっきりしていた時代です。一方、社会全体は下剋上の時代でもありました。下剋上とは下位身分の者が上位身分を倒し権力を奪取することです。まさに動乱の時代です。秩序が激しく入れ替わっていたものと思われます。
 だから、できるだけ住む環境が生育に良いところを選択することが大切であることを強調したのです。とりわけ、孔子は需家思想として環境の大切さを説いています。

 里仁篇第4―1「子曰く、仁(じん)に里(お)るを、美(よ)しと為す。択(えら)んで仁(じん)に処(よ)らずんば、焉(いずく)んぞ知なるを、ん」
 師は言われた。「仁(じん)に里(お)るを、美(よ)しと為す。」とは集落は仁の気風があるところがよい。「択(えら)んで仁(じん)に処(よ)らずんば、焉(いずく)んぞ知なるをん」とは住まいを選ぶ場合も仁の気風があるところに安住できなければ、どうして知者といえようか

論語の教え67:「リーダーの最大の任務は自発的に学ぶ環境を作ることである」

◆自発的に学ぶ組織とは?
 「そもそも組織とは何ぞや」というところから話を進めたいと思います。組織には、必ず目的と目標があります。そして、それらは一人で達成できませんから、人々の協力を得ることになります。組織とは基本的に人の集団のことです。そして、組織には必ずリーダーがいます。リーダーのいない集団は組織とは言いません。それは単なる群衆だからです。組織のリーダーは組織の発展に伴い、一人のリーダーで統率できなくなります。リーダーの統率能力により組織は小さく分割されます。そのほうがきめ細かく組織を管理することができるからです。
 ところで、個人も組織も生き物です。個人と同じように元気な時もあれば病気にかかる時もあります。能力の高い組織もあれば、能力の低い組織もあります。
 なぜ、組織が元気で無くなったり、病気になったりするのでしょうか?
 それは組織を取り巻く環境が大いに関係しています。組織は環境変化に適応できなければ必ず元気をなくし病気になります。環境適応できなければ組織の目的や目標を達成できなくなるからです。組織の病気とは烏合の衆となり組織全体が目標を見失い無気力になることです。
 また、病気になりやすい組織の最大の特徴は考えることを放棄してしまった組織です。この組織は自ら学ぶことが忘れてしまっています。環境変化を自らの肌感覚で察知し、誰に言われるまでもなく自らを自発的に変化に即応できる組織こそ最強の組織ということができます。

◆自発的に学ぶ組織はどのようにすれば作られるか?
 私たちは組織というと個人に目がゆきがちですが、大切なことは個人の能力と組織能力をバランスよく向上させることです。組織能力を向上させませんと個人能力をいくら向上させようとしても無理が生じます。
 そのからくりをお話ししましょう。ある一人の人が非常に熱心に勉強して、多くの知識を得てその職場に活用しようとしたとします。周りの人が無関心であったら何の成果もあげられませんし、周りから反対でもされたら一人浮かされてしまいます。組織能力は目にも言えませんから気づきにくいのですがその組織を左右するほどの大切な存在です。
 では、組織能力とは何でしょうか?
 組織能力とは組織内の個人のモチベーションや行動に影響を与える仕組みや規範のことです。仕組みとは制度や規則のことで可視化されていますが、厄介なのは規範です。規範は目に見えない慣行や職場風土を指しています。一人だけやる気になって、どんなに頑張ってもほかの人が無気力だったら、その組織は無気力になってしまいます。
 では、どうすればよいのでしょうか?
 その組織に大きな影響力を持っているのはリーダーです。そのリーダーシップにより組織は蘇ったり萎えてしまったりします。リーダーとメンバーとの信頼関係が組織の自発性を決めると言っても言い過ぎではありません。


ピーター・センゲ 出典:Bing

◆自発的に学ぶ組織の構成員の価値観は?
 ピーター・センゲという米国のマサチューセッツ工科大学の教授によりますと自発的に学ぶ組織には以下のような特徴があります。
第一に互いに力を伸ばし心から望む結果を実現する組織です。
第二に革新的で発展的な思考パターンがはぐくまれている組織です。
第三に共通の目標に向かって自由に羽ばたく組織です。
第四に共同して学ぶ方法を絶えず学び続ける組織です。

 より詳しく知りたい方はセンゲの著書「最強組織の法則」五つのディシプリンをぜひお読みください。

 これらの組織に共通するのは、まず、
 第一に過去にとらわれるのではなく未来志向であるということです。以前にも述べたことがありますが、過去と他人は変えられない。未来と自分は変えられるということです。
 第二に、自分だけでなく周りを巻き込んで成長していくことです。前述したように自分一人が成長しても組織には何の影響を与えることもできません。周りとともに成長することこそ組織を成長することにつながるのです。
 第三に何事にも先入観を持たないことです。物事を色眼鏡で見まてしまいますと事実を隠してしまいます。
 ここで注目すべきことはこれらの組織は自然にできるのではなく、組織の構成員の意識的な行動の習慣化で初めて実現できることを忘れてはならないことです。(了)


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