論語に学ぶ人事の心得第十四回 「上司から信頼される部下になるにはどうすべきか」

 本項は孔子と子貢の師弟対話です。論語での子貢の名前は学而1-10で子禽との対話に初めて登場します。ここで改めて子貢についてその人となりを解説しておきたいと思います。
 姓は端木、名は賜、字は子貢です。『史記』によれば衛国出身、孔子より31年少と伝えられています。BC520に生まれBC446に没しています。孔門十哲の一人で弁舌(言語)の才を孔子に評価されました。現代風に言うと所謂やり手といったところでしょうか。とても多才な人で、外交官として、また商人として当時の世に知られ、地位も名誉も財も得た人でした。おそらくは孔子一門の財政をも担ったと言われています。
 本項の孔子と子貢との対話の中に師の弟子に対する特筆すべき賛辞が二つ示されています。その一つは子貢の師の教えに対する聡明な洞察力に対しての評価です。つまり孔子の言われたことに対して子貢は即座に詩経の「切磋琢磨」を引用して的確に師の教えを確認しています。第二は「古き」を訪ねて新しきを知る、つまり未来を予見する洞察力です。子貢が詩経のように古い教えを単に理解するだけでなく古い教えから未来を読み解く弟子の能力を孔子が見抜いて評価していることです。

 学而1-15「子貢(しこう)曰く、貧しくし而(て)諂(へつら)う無く、富み而(て)驕(おごる)る無きは、如何(いかん)。子曰く、可(よ)ろしき也(なり)も、未だ貧しくし而(て)樂(たの)しむに若(し)かざり、富み而(て)禮を好む者也。子貢曰く、詩に云(いわ)く、切(せっ)するが如く磋(さ)するが如く、琢(たく)するが如く磨(ま)するが如しとは、其(そ)れ之(これ)を斯(さ)くの謂(いう)與(か)。子曰く、賜(し)也、始めて興(とも)に詩を言ふ可き已矣(のみ)、諸(これ)に往(ゆ)けるを吿げ而(て)來たるを知る者なり。」

 子貢は質問した。「貧しくし而(て)諂(へつら)う無く」とは貧しくても卑屈にならないこと。「富み而(て)驕(おごる)る無き」とは金持ちでも高ぶらないこと。「如何(いかん)」とはどうだろうかと訊いた。
 それに対して孔子は答えた。「可(よ)ろしき也(なり)」とはそれも良い。しかしもっと良いのは「未だ貧しくし而(て)樂(たの)しむに若(し)かざり」貧しくとも楽しく暮らし、「富み而(て)禮を好む者也」金持ちであっても礼を好む者にかなわないだろう。
 子貢はすかさず次のように述べた。、詩に云(いわ)く、切(せっ)するが如く磋(さ)するが如く、琢(たく)するが如く磨(ま)するが如しとは、其(そ)れ之(これ)を斯(さ)くの謂(いう)與(か)とは「詩経にある切(せっ)するが如く、磋(さ)するが如く、琢(たく)するが如く、磨(ま)するが如し」というのはこのこととを言ってるのだと。
 この子貢の言葉に対して孔子は「賜(し)也、始めて興(とも)に詩を言ふ可き已矣(のみ)、諸(これ)に往(ゆ)けるを吿げ而(て)來たるを知る者なり」とは、賜(し)は子貢の本名(端木賜)のこと。お前と初めて詩経の話ができた。お前は何かを告げると先のことがわかる人間だと述べた

 論語の教え15:「上司から信頼されるには以下の三点を実践せよ」

 第一、上司の指示命令の背後にある意義や目的を洞察し確認せよ。
 第二、上司の問いかけに対し即座に回答できるよう普段の自己啓発を怠るな
 第三、先人の経験則に学び、未見の洞察力を養え。

 第一の教え:上司の指示命令の背後にある意義を洞察し必ず確認せよ。
 上司の指示命令にはなぜそのようにするのかの目的や意義が必ず存在します。しかしながら上司が指示命令をすべて丁寧に説明してくれません。なぜなら、上司が忙しいことや部下が理解できるだろうという思いがあるからです。一方、指示命令の受け手である部下のサイドにも上司に確認せず自己の解釈で実行して上司の思惑から外れていることがあります。
 指示命令を受けるサイドの心得として上司よりも部下のサイドから指示命令を受けたときには、その場で必ず目的、目標、期限などを確認し実行しなければなりません。このようにすれば上司も部下も喰い違いなく安心して実行し成果を上げることができるのです。

 第二の教え:上司の問いかけに対し即座に回答できるよう普段の自己啓発を怠るな。
 上司は思いついたときに「これはどうなっている、あれはどうなっている」というように部下に問いかけます。その際に問いかけられた部下は「調べて後でご報告します」というのではタイミングをずらします。上司の問題意識はいつまでも続くわけではありません。問いかけられたら即座に返答できることが上司の信頼を勝ち取る最善の策です。とりわけ自分の担当部門や専門領域では反射神経的に回答するのが務めですし上司も喜びます。これには普段の問題意識と意識的観察眼が積み上げられる必要があります。また、上司の問題意識や観察眼を察知する必要性があります。
やがて、上司からより重い責任と高い目標が期待されるようになり、太い信頼関係で結ばれるようになります。

 第三の教え:先人の経験則に学び、未見の洞察力を養え
 本項では孔子門下の教科書ともいうべき「詩経」を引用して切磋琢磨して自分を磨くことを子貢が述べたことを孔子はとても評価しています。本項以外でも論語は温故知新という言葉にあるように先人の知恵を学ぶことを推奨しています。
 論語にある先人に学ぶ思想は人事にも十分当てはまる考え方です。人事の基本は過去どのように生きてきたのか?現在どのように生きているのか?将来どのように生きようとしているのかを知ることです。
 未見の未来を洞察するのは過去を過ぎ去ったものとして固定的にとらえるのではなく歴史的現実として捉えることにより過去、現在、未来に懸け橋がかかるのです。社会や人類の進歩には非連続ではなく必ず何らかの事象の連結でつながっているからです。(了)


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