ケースメソッドで経営を学ぶ

 今回はケースを通じて経営をどう学ぶかを考えてみたいと思います。
 ケースによる学習方法はアメリカのハーバード大学が有名ですが今では大学ばかりではなく各企業の幹部研修で一般多岐に行われる様になりました。
 まず、ケースによる学習方法をごしょうかいしましょう。出典は日本の慶応大学のビジネスクールが解説しているものです。
ケースメソッドとは何か
 ケースメソッドは授業のやり方の一つである。この授業のやり方をする講師は、受講者と一緒になってクラス全休で討議、すなわち討議しながら授業を進める。
 討議はケース教材(経営の事例)をもとに行う。受講者はケースから考えられる問題について様々な角度から意見を出しあい、討議する。講師はクラスの議論が有益な展開になるように論点の流れの舵をとる。
何かを「教わる」メソッドではない
 ケースメソッドは、我々が受けてきた伝統的な教育方法である講議方式と比べて、著しく異なる特徴をもっている。第一に、講師は自説を述べたり、講議したりしない。クラスの討論にきっかけを与え、議論の進行の舵をとる。第二に、 「ケース」を教材として使う。ケースを用いての討論形式の授業で、講師は自説の講議をしない。ではケースメソッドは受講者に何を学ばせる教育方法なのか。
ケースメソッドの教育理念
 ここで我々は経営者教育に限定して考えてみたい。経営者は企業経営を通じて経済の発展と社会の福祉に貢献する使命を負っている。この使命を積極的に遂行するために、自主独立の精神(慶磨義塾ではこれを「独立自尊」と呼んでいる)に立脚した経営専門家としての識見と実行力を備えねばならない。知識や技術がいかに発達しても、それによって経営問題がすべて解決するわけではない。経営者は知識や技術を適用する場合の限界を知らねばならない。同時に、その限界を踏まえての的確な判断と意思決定が要求される。そのためにこそ、経営問題を多角的に考察する弾力性のある思考、強靭な論理、鋭い洞察力、そして旧来のものに捕らわれない捲刺たる創意がなくてはならない。さらに経営者は、自己の判断に従ってこれを主体的に実行する能力を備えねばならない。確固たる決断力、綿密な企画力、そして高度の指導と実行の力が求められる。そして、かような識見、判断力、意思決定力、実行力は、経営者が自己の人格の尊厳を確信し、時の権威や私情に屈しない烈々たる自主独立の精神に裏付けられてこそ、よくこれを具現することができる。慶磨義塾で言う「独立自尊」である。ケースメソッドによる経営者教育は、経営者のこのような資格能力を滋養することがその基本的理念である。 知識の伝授より意思決定と行動の訓練をこの教育理念のもとにおいては、経営上の諸事実を抽象化し知識として理論化したものを講述するあの講議方式という伝統的教育方法を最適のものとは考えない。
ケースとはどのようなものか
 ケースメソッド授業で使用される教材が「ケース」である。この教材には企業で実際に発生した、あるいは発生しつつある、経営上の出来事がありのままに記述されている。もちろん単に事実が記述してあるだけでは教材としてのケースではない。事実の記述がケース教材とせるには更につぎの条件を具備していなければならない.経営者教育でとり上げる何らかの訓練主題を含んでいること。その主題の訓練に必要な情報が盛られていること。これを教材として訓練を受ける者を登場人物の立場に立たせ、その責任において意思決定を迫るように表現されていること.これらの条件が揃ってはじめてここに言うケースとなる。
討議による学習
 だからこそ、ケースを読んで気付いた諸事実を指摘し並べていくことで、あたかも「答え」や「正しいやり方」を抽出し得たような気持ちになる授業の受け方はケースメソッドで目指すものではないoケ-スから考えられる経営問題を洞察し、その間題への意思決定と実行への責任を果たそうとすることがケースメソッドで目指すものである.そのためにこそ受講者が意見を出し合う討議が必要となる。
 経営者教育にとって重要なことは問題の解決に到達するまでの思考の過程である。現実をつぶさに把握した合理的かつ建設的な思考努力である。各自が試みる問題解決のしかたは各自の経験や思想を反映して、それぞれ特色がある。
 ケースメソッドによる討議とは、これら特色ある各自の考え、判断、意見を持ち寄り、発言しあい、思考を重ね合わせることで、相互の成長に資することである。受講者は相互に自分の思索結果を披露し、検討しあう。こうして触発されながら自らの考え方に修正を加え、自らの判断と意思決定を再構築していく。これこそが自主独立の精神に立脚した経営専門家の育成である。集団による討議を欠いてはケースメソッドの意義はない。
ケースの実例
 このケースはある会社の経営幹部研修で用いたケースです。皆さんはこのケースを読んでどのように感じるでしょうか。
【リーダーシップ教材】
「大島社長の決断と新役員陣のとるべきリーダーシップ」

創業社長の退陣の決断と後継者問題について
 私は大島康雄と申します。大島食品工業(上海)有限公司の董事長兼総経理です。当社を、25年前に起こし、今日まで経営の第一線でがんばってきました。年齢が73歳になりそろそろ会社を後継者に譲ろうとしたときに会社は大きな問題に直面してしまいました。
 直面した二つの大きな問題は昨今、食品業界で問題となっている産地を偽って表示している問題です。もう一つの問題はBSE(狂牛病)で当社の主力商品である牛肉の加工品がまったく売れなくなってしまったことです。
 会社全体の売上は前年比で10パーセントも減少してしまいました。このままで期末を迎えますと、利益は前年比70パーセントの減益となり、場合によれば、創業以来はじめての赤字を覚悟しなければなりません。さらに、悪いことに、当社は現主力事業の業績が創業以来順調に推移したこともあって食肉加工製品に集中しています。従いまして、なんらの抜本的な対策を打たなければ次年度も業績が快復することなく今年より大幅な減収減益が予想されます。
 工場は10年以上前に、当時としては近代的な模範工場といわれた設備を備えたものでしたが今になっては旧いほうの工場になっているかもしれません。といいますのも、当社は比較的競争の少ない品質を追及する高級な商品を生産してきました。したがって、工場への設備投資よりも人に投資してきたといって言いすぎではありません。
 ところで、なぜ私が73才になっても社長をしているかということに触れておきたいと思います。正直申しまして、60歳までは後継者のことなど考えたこともありませんでした。一心不乱に事業の発展にのみ集中してまいりました。まるで、会社がわが子のように思われました。60歳を過ぎたころから意識はしてきたのですが残念ながら、後継者を得ることが出来ませんでした。実は、私には子どもがいませんので、もともと親子で事業を引きつぐことはありえないことでした。私や妻の兄弟の子どもを養子にして後を継がせてはどうかとの話を何度もアドバイスされましたが、私にはどうしてもその気になれませんでした。というのも、企業は社会の公器であり、私物化してはならないという気持ちが私には拭えきれなかったからです。もちろん、他人に渡すより血のつながった後継者にするほうが安心できるという気持ちがまったくなかったわけではありません。実子がいたら、今のように考えたかというと自信がありません。
 長い間考える時間が合ったのに、ここまで来てしまったのは、いろいろ迷う間に時間が過ぎてしまったということも言えるかもしれません。しかし、今回の会社が直面する問題は、私が社長として解決するよりも後継者に任せて次代の経営者に当社の将来を託したほうが良いとの決心をするにいたりました。理由は一言ではいえません。
 現在の当社の役員は10人いますが、私が社長として採用し、育ててきたものばかりです。人間としては従順でよく仕事もするのですが、これまで会社の決定は私が行ないましたので自ら決めることがなかなかできないようです。いつか、社員から私にある役員のことを手紙に書いてきたことがありました。
 その手紙によりますと「役員なのに決済伺いを出しても一切決定をしてくれない」というものでした。権限の範囲内のことでも意思決定をしないというのです。しかし、私はこのことにあえて自分が踏み込んで解決しようと思いませんでした。私にとりましては役員であっても単なる使用人に過ぎないのです。
 組織管理の本には「職制」とか「職階」とか言いますが、私には余り大きな意味を持っていません。私は役員を私の補佐役と思っています。私を助け、会社の業績を上げ続けることが取締役の役割だと思っています。取締役には専務や常務などの役付き役員はおりますが、私にとりましては単なる呼称であるとしか思えません。この考えは人に雇用されたことのない創業者の独断的な考えであるかもしれません。
 役員も物事を決めるに際しては、もし失敗して後で私に叱られるより、私に先に了解を得たほうが楽だというような気持ちもありました。私はそのような会社の空気はうすうす感づいていましたが見て見ぬふりをしていました。会社のことは何でも知っておきたいという気持ちが強かったのです。しかし、今回は会社の長期的な存続を考えると私が経営の第一線を退いたほうが大きな飛躍につながるのではないかと考えたのです。
 そして、私が相談役に退き、60歳以上の7名の役員には子会社の役員若しくは顧問に退いてもらうことにしました。総経理以下役員は全員が50歳代へと若返らせました。総経理には子会社を経験している43歳の岸本弦三董事兼営業部長を抜擢しました。

新経営陣の船出
 あなたにも新しい董事候補であるとの打診がありました。あなたには、当時を引き受けることに対する不安な気持ちもありましたが、熟慮して引き受けることを決意しました。大島総経理は候補者全員に確認し、7人全員が引き受けました。そして、このことを直ちに社内に発表しました。社員は一様に驚きました。一部には動揺が広がりました。岸本次期総経理が今日の難局を乗り切れるとは思えなかったからでした。誰もが岸本董事が社長に指名されるなどと思っていませんでした。
 しかし、ある時期から社内には新総経理に対して信頼と期待感が芽生え始めました。これはあることがきっかけでした。この事件が起ってから岸本総経理はわが社の仕入れや製造現場の状況を現場で把握し、偽りがないことを念には念を入れて確認をした後、当社の顧客を自ら先頭に立ち一軒一軒回って顧客の不安感を取り除いていたことがわかったからでした。それでも顧客の動揺が深刻で冒頭に述べたような業績の低迷につながってしまったのです。
 新生、大島食品工業(上海)有限公司が今まさに船出をしようとしています。嵐に向かっての船出でありました。船長のみならず、乗組員が一致団結しないとこの荒れた大海原は乗り越えられないと思われます。
創業者である大島前総経理から新経営陣に次のような要請が特にありました。
 自分は会社の経営にはまったく口出ししない。会社にも月に1度程度出社するが、経営のチェックをするために出社するのではないから誰も報告などに来ないでもらいたい。
 会社の株式のうち半分は「財団法人大島国際育英基金」に寄付する。残り半分はいずれ導入する会社のストックオプションの原資として活用されるときには提供するとのことでした。
 そして、以下の「はなむけ」のメッセージが添えられており、これ以降はすべて任すとのことでした。


嵐に直面して、船長及び幹部がなすべきこと

岸本船長殿
幹部乗組員殿
                             水先案内人 大島康雄

1. 航海する目的地を改めて明示すること。
①嵐を避けて他の目的地に向かうこと
②安全航海のシナリオ(経営戦略)を書くこと
③船長以下幹部が決めた以上一枚岩であること

2. 大波に飲まれないよう積荷を軽くすること
① 何回にも分けるのでなく一度に軽くすること
② 乗組員が納得するものであること
③ 嵐が去ったら、軽くした積荷を戻すことを乗組員に約束すること

3. 幹部は前線に立ち乗組員を指揮すること。
① 船長室での会議はすべて止めること。
② 船長は第一線で志気高揚(結束すれば嵐を克服できる)を図ること
③ 嵐が去るまで幹部は休めないと覚悟すること

4. 業務は船が安全に航海することのみに絞り込むこと。
① これを機会に安全航海に関係のない業務はすべて止めること
② 乗組員が船を前に進める仕事に徹する環境をつくること
③ つまらない命令をして、幹部が乗組員の仕事の邪魔をしないこと

5. 情報の共有化と活用を図ること。
① 安全航海のための情報を最優先し常に流し続けること
② 甲板の情報を全員が把握し共有していること。
③ 言いにくい情報を船長に報告する習慣づけをすること

以上
【テーマ】
「新経営陣としてこの“はなむけ”の言葉を参考にして大島食品工業の経営陣は今後どのようなリーダーシップがとるべきか」を考えてください。



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