組織の活性化について

 「人間は20歳ぐらいから70歳ぐらいまで、人生の最も多感で活力ある時代を仕事を通じ1日の大半を会社で過ごしている。もし、仕事が面白くなかったり、苦しい仕事だったり、体を壊す仕事や職場しか提供できなかったらその会社は罪悪だ」といった経営者が昔日本にいたそうです。
 そして、会社の経営理念である社是をその経営者は「いきいき、ぴちぴち、のびのび」としたと聞きました。ずいぶん前の話なので正確な言葉になっていないかもしれませんが大体社是には似つかわしくない言葉だったことを鮮明に覚えています。
 驚いたのは社員で、社是らしくないからやめてほしいと懇願したのですが社長は聞き入れず一見軽そうなこの言葉を社是にしてしまったそうなんです。
 この会社は、その後、隆々たる業績を上げ今なお立派な発展を遂げておられます。

 ところで、このような会社はまれなケースで、一般的に会社はできたばかりのころや業績が好調に維持されどんどんと成長している時はあふれんばかりの活力で組織全体が飛ぶ鳥を落とすような勢いになります。
 ところが、時を刻むにつれて会社は旧来の価値観を踏襲することが無意識的染みつくようになります。これまでやってきたことをただ一生懸命繰り返すだけです。
 誰も怠けているわけではないのに会社の業績は右肩下がりになります。そして、次第に会社は業績が悪くなり、人員削減が始まります。一時的に損益は均衡しますがまたしばらくたつと影が後を追うように経費が利益を上回るようになって元に戻ってしまいます。
 いったん人員整理が始まると何をやっても空回りです。社員は疑心暗鬼になり組織中に不信感が渦巻きます。

組織は本当に活性化するのだろうか
これまでに没落して消えた企業はオーバーに言えば星の数ほどあると言えるでしょう。
 幸運にも蘇り再び社会貢献できている企業もあります。
 私は組織の活性化は企業の活性化が前提になければならないと思います。それは現在の事業の定義が市場の変化とマッチしているかどうかです。これは私自身が悩み考え続けた中で体験したことなので皮膚感覚で理解できます。そもそも、業績に陰りが見え始めるのは現在提供している顧客価値が市場に合わなくなってきているからにほかなりません。
 このことを離れて小手先で組織を活性化しようとしても無理があるように私は感じられます。規模は関係なく独立して事業活動を行っている組織に、必ず、あてはまるのは事業の定義の陳腐化だと思います。もちろん各論としての組織活性化策はありますがそれは次回に触れることにします。


人の能力は批判でしぼみ。励ましで開花する。

 これは有名なアメリカのデール・カーネギーの言葉だそうです。この言葉と言葉を紹介した人の体験談がある雑誌に掲載されていました。その話に私も自分のことを言われているような衝撃を覚えました。その話というのはその人がある支店の支店長をしとぃた時の話でした。部下との人間関係がよくなく業績も低迷していました。ある時、その会社のオーナーが支店に視察に来たそうです。その時に「長たるものは決断が大切だ」とのアドバイスをくれたとそうです。この言葉に啓発され出会ったのがデール・カーネギーのこの言葉だったそうです。
 この言葉に感動するばかりか実践し続けました。支店の社員にも強固な一体感ができてきました。低迷していた支店もなんと日本一の好業績を上げる優良支店へと転換させたと言うのです。この方はその後、社長、会長となって現在も重責を担っておられます。
 私はこの話から二つのことを学びました。
第一は悩み事や問題を抱えることは悪くないなということです。
 問題に直面することは問題意識を醸成させてくれるからです。ここからは私の解釈ですが、この経営者が業績が低迷せず、部下との人間関係もうまくいっていれば果たしてこのような本との出会いがあったでしょうか?もし出会いがあったとしてもこのように自分の行動を変えられたでしょうか?企業は問題を抱える集合体と言われます。問題が無い方が不思議なくらいです。問題を解決することにより人間の幅が一回りも二回りも大きくなっていくのだと思います。
第二はいい情報との出会いがあった後の対応の仕方です。
 私たちは人生でこの経営者と同じように多くのすばらしい出会いがあります。要はその出会いの後の私たちの行動です。どんな話にもよそ事として感動もしない人は論外として、よしんば、感動したとして感動のレベルで終わってしまっていることが成長するかしないかのターニングポイントを握っているということです。
 いくら多くのいいことを知ったとしても知識のレベルで頭の中にしまっていたのでは何の役にも立ちません。行動しなければ自分も周りも事態は何も変わりません。評論家はそれでいいのかもしれませんが実務家はそうはゆきません。この経営者の話から、私は実践行動の大切さを思い知らされました。
 それにしても、人は自分のことはさておいて他人、とりわけ部下の能力不足を俎上に載せたがるものだという現実です。自省を込めてなんら生産性のないことを年中頭の中を巡らせているものだと愕然とした次第です。そのくせ、いい話になると自分の手柄話にしたくなるのも人間です。そのような悲しい性(さが)を持っているのも「考える葦」である人間だから故でしょうか。


人は自分の成長の可能性を信じている?

 前回は当社がコンサルティングの最初に顧客に必ず「職場風土調査」をお願いしていることを紹介しました。無記名のアンケート方式で実施します。
 今年に入って華東地区の日系企業2社で調査しました。
 その調査項目の中に「あなたが担当する仕事について、さらに高度な知識技能を身につけたいと思いますか」というのがあります。この質問に対しどの会社の社員も全員が5点満点で4..5点以上の徳端を示しました。日系企業ではありますが一般社員は中国人社員です。管理職の一部に日本人はいますがほぼ中国人です。管理職社員と一般職社員の差はほとんどありません。
 今年だけでなくこれまで当社が実施してきた調査ではどの会社で実施してもほぼ同じような回答を示してくれました。
この結果は何を示唆してくれているのでしょうか。
第一に担当する仕事をより成果の上がるものにしたいという達成意欲
第二に担当する仕事を通じて自分の能力を伸ばしたいという成長意欲
第三に担当する仕事の成果を上げて会社の発展に寄与したいという貢献意欲
に他ならないと私には読めるのですが皆様は如何でしょうか。

「日中文化差異論は問題の本質をついた議論なのか?」
 一方、日系企業の中で根強く残滓として沈殿していることに問題解決や社内の議論が行き詰まった時、さらに日本人経営者や経営幹部が自分の方針が組織になかなか浸透しないときに日中文化論に逃げ込んで諦める傾向があることです。
 具体的には「日本人だといちいち細かく指示しなくとも済むのに中国人は一から十まですべて支持しなければ仕事は進まない」とか、「中国人は指示したことの結果をなかなか報告しない。中国には報告・連絡・相談する文化がないのだ」といったようにできない理由を中国人の価値観や生活習慣に持ち込む傾向があります。
 私も18歳で日本に留学した学生生活、卒業後、日系企業に就職した職業生活では叱られたり、意思疎通ができなかったりで、確かに多くの戸惑いや怒りすら覚えたことがありました。私は中国人ですが文化の違いは当然のこととして受け止めています。しかしながら文化が違うから仕事がうまく行かないというのは間違いではないでしょうか。
 ピーター・センゲというアメリカの経営学者は組織は三つの共有ができればうまく行くと述べています。その三つとは第一に共通目標、第二に仲間意識、第三に貢献意欲です。
 中国の企業は日本の企業と比べて離職率が高いので価値観の共有が確かに難しい面があります。それだけに難しい言葉でなく中国人の理解しやすい経営理念や事業方針をあらゆるコミュニケーション手段を用いて浸透させる努力が必要と思われます。
 私は成功する究極の経営は現地化だと思いますが次回に譲りたいと思います。


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